旅のはじまり


2012年7月、僕の日本47都道府県を回る旅ははじまった。

 

そのきっかけとなったのが富士山登山。

 

秋田の山奥で生まれ育った僕にとって登山は日常そのもの。登下校が登山のようなものだったし、標高2,236mの鳥海山が家の近くにあったこともあり、中学生の頃までは鳥海山でよく遊んでいた。しかし高校入学と同時に実家を離れてからは登山とは無縁の生活に。大学時代も、そして就職で関東に移り住んでからも「登山」という言葉が頭の中に出てくることはなく、夢中になっていたのは都内のカフェや本屋、美術館を巡ること。まさに田舎者の典型というか、自然豊かな田舎はダサく、ビルやお店がたくさん立ち並び人が大勢いる都会はカッコいいというのが本音だった。

 

そんな都会に魅せられた THE 田舎者に転機が訪れたのが2012年7月。秋田から関東に移り住み約4年が過ぎた頃だ。

偶然、友人から富士山登山の誘いを受ける。そういえば昔よく登山していたなと思い出に浸りながら、まあ富士山に登ったことないし、ちょうど一眼レフカメラも買ったばかりだったので快く誘いに乗った。標高3,776mか... まあ鳥海山に何度も登っていたし、普段フットサルもしてるから体力も大丈夫、楽勝で登れると思った。

 

夜に富士山5合目をスタートし頂上でご来光というド定番のスケジュールを立て、現地に向かい...駐車場に到着して驚いたのが人の数。えっ... この人達みんな登るの? 人の数も年齢層も...まるで渋谷・原宿にいる感覚だった。唯一異なるのは服装くらいだ。

無数のヘッドライトが登山道を照らし光の線ができている。おそらく重度の方向音痴でも迷うことは難しいだろう。色々な意味で周りに圧倒されがら登山道を進む。内心、高山病になるのではとビビってはいたが、久しぶりに見る壮大な星空に感動し...不安な感情はいつの間にか消えていた。この大行列の中、さすがに自分のペースでというわけにはいかなかったが、足取りは軽く体調もいい... よし楽勝だと思った。

 

 

しかし8合目を過ぎたあたりから、あれ?と徐々に足取りが重くなる。えっまだ8合目ですけど... と客観的に自分を笑ってしまった。「おっと、髙橋こうたの様子がおかしい!足取りが重いぞ!表情も心成しか険しいようだ!」となぜか頭の中で自分の体調の状態を実況中継しながら先を進んでいた。まあそんなことができるなら、まだ余裕はあったんだなと思う。ただ、9合目を過ぎてからは実況中継は無くなり... 「あぁヤバい、あぁヤバい」と連呼しながら、こんなにも一歩を踏み出すことが苦しいのかと痛感しながら登っていた。わずか26歳で体力の衰えを感じるなんて情けない限りだ。

 

その後も気力をふりしぼり必死に先を進んでいると、突然9.5合目で大行列の進行が止まった。頂上まで残りわずか、ご来光の時間も迫っている中、全く進む気配がない。「おっと、突然どうした?何かトラブルか?」と僕は妄想実況中継を再開していた。自分の意思で先が進めない登山は初体験だった。

とりあえず悲観しても仕方がないから、気持ちを切り替えて9.5合目からご来光撮影の準備をする。しかし人に囲まれて身動きが取れず、写真の構図が定まらない。そうこうしてるうちにオレンジ色の光が...。「ちょっと待って、ちょっと待って!」という個人的なお願いが伝わるはずもなく「あ〜あ」と脱力感の中でシャッターを切った。

 


 

撮影が中途半端に終わったことによる放心状態がしばらく続き... ようやく大行列の進行が再開。体力は少し回復していたが精神的な意味で足取りが重く、友人から慰めの言葉をかけられながら一歩ずつ頂上に向けて進む。

そして意外とあっさりした気分で登頂。達成感よりも、ハラが減ったという空腹感が強かった。まずは頂上にある食堂でカップヌードルを食す。富士山頂上で食べるカップヌードルは本当に格別!なんて美味いんだ!... という感想をできれば言いたかったが、その時はあまり味を感じられず抜け殻状態だった。

 

 

少し落ち着いてから食堂を出て、改めて目の前に広がる風景を眺めた。今、自分は日本で一番高い場所に立っているんだ... と感じながら大地を見下ろす。実際見えるのは雲海で大地は見えていないのだけれど、頭の中では大地で暮らす人々の日常風景が何箇所にもわたり高速で流れていた。その中には僕の家族の姿もあった。

おそらく神の御告げではないのだろうけど、直感的に日本をもっと知りたい...写真を撮りながら日本中を旅したいと思った。

勝手な使命感に駆られながら、下山中も旅の妄想は止まらない。「旅したい... 旅したい...」と連呼しながら、周りの人に若干不審がられながら... 頭の中で旅の準備をはじめていた。

 

そんな流れで... 約5年にわたる旅がスタートしたのだった。

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